はじめに
漁師の方が亡くなられた場合,通常ある預貯金や不動産といった財産以外に,漁師の方特有の財産が含まれるため,相続手続において特に注意が必要となります。
大きく分けると,漁業権,漁船,水産工場の3つが漁師の方特有の相続財産として問題となります。
漁業権
1 漁業権は,基本的に都道府県知事の免許を受けて一定の水面で特定の漁業を排他的に営む権利であり,定置漁業権,区画漁業権,共同漁業権があります(漁業法60条参照)。
定置漁業権は,定置漁業(漁具を動かさないように設置して営む漁業のうち大型のもの)を営む権利です。静岡県だと,伊豆半島沿岸,由比,焼津等に設置されています。
区画漁業権は,一定の区域内で養殖業を営む権利です。静岡県では,魚類養殖いけすが熱海市や沼津市に,のりやかきの養殖施設が浜名湖に設置されています。
共同漁業権は,一定の水面を共同に利用して漁業を営む権利であり,採貝・採藻漁業,刺網漁業,小型定置網漁業等があります。漁業協同組合に免許され,漁業権の区域内では組合の管理の下で,組合員が漁業を営んでいます。静岡県内では,遠州灘の一部を除き,沿岸全域に設定されています。
定置漁業権の存続期間は5年,区画漁業権と共同漁業権の存続期間は10年とされています(漁業法75条参照)。
2 漁業権の性質は,物権とみなされ,土地に関する規定が準用されます(漁業法77条参照)。密漁等により漁業権を侵害された場合,損害賠償請求が認められた裁判例もあります。また,漁業権を侵害した者は,100万円以下の罰金に処せられます(漁業法195条参照)。
漁業権は大切な財産といえ,遺産分割の対象となります。相続人が複数いて,被相続人である漁師の方が遺言を残さなかった場合,漁業権は相続人全員の共有状態となるため原則として遺産分割が必要になると考えます。
3 漁業法80条1項は,「相続又は法人の合併若しくは分割によって個別漁業権を取得した者は,取得の日から2月以内にその旨を都道府県知事に届け出なければならない」と定めます。
そして,静岡県漁業調整規則17条も同趣旨の定めをしております。
つまり,被相続人である漁師の方が亡くなったら,相続人は死亡日から2カ月以内に都道府県知事に届出をする必要があります。
漁船
1 被相続人である漁師の方は,通常漁船を所有していると考えられます。漁船は,基本的に都道府県知事の備える漁船原簿に登録を受ける必要があります(漁船法10条参照)。
漁船も財産ゆえ,遺産分割の対象となります。
2 登録を受けた漁船の所有者が死亡した場合,漁船の登録は効力を失います(漁船法18条1項6号)。
ただし,相続人が,死亡日から1カ月以内に登録を申請したときは,相続人に対する登録の処分があるまでは,被相続人の登録票は効力を有するとされています(漁船法18条2項参照)。
つまり,漁船は,自動車等と異なり,漁船の所有者が死亡すると,登録の効力が失われるため,死亡から1カ月以内に登録の申請を行うべきと言えます。
水産工場
1 被相続人である漁師の方が,水産工場等を営んでいることがあります。大きく分けて,被相続人個人で営業している場合と株式会社等の法人が営業している場合があります。
2 被相続人個人で水産工場等を営業している場合,これらの事業に関する営業権が相続財産に含まれます。
この営業権を相続人の誰が承継するかを遺産分割協議により決める必要があります。
また,水産工場等の不動産を被相続人が個人で所有している場合,この不動産も遺産に含まれますから遺産分割協議の対象となります。
3 株式会社が営業している場合,被相続人の株式が遺産となります。比較的規模の小さな株式会社の場合,被相続人である漁師の方が100%株主であることも多いでしょう。
この株式について,相続人間で遺産分割協議が必要となります。共有状態ですと色々とトラブルになるため,遺産分割で継承する人物をしっかりと決めた方が良いです。
また,株主名簿の名義書き換えも必要となります。
当事務所には,漁業と相続に詳しい弁護士が数多く在籍しておりますので,何なりとご相談ください。